日本におけるイヌの歴史について調べてみた3

  • 2019.04.01
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中世のイヌ

鎌倉時代には武士の弓術修練の一つとして、

走り回る犬を蟇目矢(ひきめや。丸い緩衝材付きの矢)で射る

犬追物や犬を争わせる闘犬が盛んになった。

食材としての利用も続いたようであるが、

浄土真宗の宗祖親鸞は『大般涅槃経』を参考に

浄肉(食べてもよい肉)・不浄肉(食べてはいけない肉)の

区別を行った際、犬肉を猿肉などとともに

不浄肉に分類するなど、犬肉食を忌避する考え方も生まれた。

南北朝時代以降には軍用犬として犬を活用する武将も現れ、

『太平記』には越前国鷹巣城

(現・福井県高須山)攻防戦に於いて、南朝方の守将、

畑時能が愛犬「犬獅子」と2人の従者と共に

寄せ手の北朝方の砦を攻め落とす逸話が記述されており、

江戸時代に歌川国芳が干支の動物と縁の深い

歴史上の人物を浮世絵に描いた『武勇見立十二支』にて

戌年に畑時能と犬獅子が描かれるなど、

人々に広く知られる存在となった。

戦国時代には武蔵国の武将太田資正が、

岩槻城と松山城の緊急連絡手段として伝令犬を用い、

北条氏康方の包囲を突破して援軍要請に成功し、

度々撃退していた逸話が『関八州古戦録』や

『甲陽軍鑑』に記述されている。

太田資正の伝令犬戦術は「三楽犬の入替え」と呼ばれ、

日本における軍用犬運用の最初の例とされている他、

現代の戦国時代をモチーフとしたサブカルチャー作品でも

太田資正は犬と共に描かれる事が多いといった影響を残し続けている。